昭和43年10月27日 朝の御理解

第28節 病人や代々難儀の続く人が神のおかげを受けるのは、井戸がえをするに、八、九分かえて、退屈してやめれば、掃除はできぬ、それで、やはり水は濁っておるようなもので、信心も途中でやめれば病気災難の根は切れぬ。井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで、一心に、まめで繁盛するよう元気な心で信心せよ。
(どのよな?)このようなおかげを頂きたいとこうおもいます。八、九分で退屈してやめれば水ははいつまでも濁っておる。いつまでもスッキリとしたおかげにはならない。それは、また本当に(いどばらい?)でけてない証拠です。ね、(  ?)ながらスッキリとしたおかげの頂けれるところまで信心を続け、そして進めなければいけません。信心をただ続けておるというだけではいけません。ですからこの御理解28節で、頂かせてもらわなければならないことは、途中で辞めれば病気災難の根は切れぬとありますが、途中で辞めんですむ、いや辞められぬというところまで、信心で(はなきゃいけん?)ね、もー(金光様の先生じゃけ辞めぬ?)と例えば言う人はたくさんありますけれども、そう言うておる人は辞めていきます。そう言うておる人が、信心が(子に?)、例えば(孫に?)伝わっていきます。ね、それは、なるほどお取次ぎを頂く、お願いをする、そこにまぁおかげを受ける。ね、願いをさせてもらう、御教えを頂く、それはなるほど有り難いなーと思う。金光の信心は有り難いなーとこう思う。いやその程度のことではね、これは長続きしないです。というて、長続きがもう親の代から信心しよりますという信心が続いておってもです、ね、信心が続いておるだけでは、井戸は清水になるまでというですかね、スッキリしたおかげになってこんのです。本当に、はーこれが(いどがれ?)というものであろうか、これが(いどがれ?)をして頂いておる証拠。ね、いうなら、これが恵の御取払いでもあろうか、と自分でそれを実感でけて、そのことに対してお礼が申しあげれるような信心。そうゆう信心が私は、続けられて(初めて    ?)コンコンと(すきに参ってくる?)その御恵みに、が、こう頂けるようなおかげ。ところが信心はもう何十年しよりますけども、スッキリとしたおかげにならないというのはね、本当に(    ?)信心をしておるだけで、続けておるだけで、ね、(いどがらえ    ?)何ともなしに、その金光様の信心が有り難いと、(言うだけ?)では辞められん。という、そのというだけであってね、時おり辞められん、(そうゆう?)私はでも、信心ですね、本当にそのただ、お取次ぎを受けられておかげを頂くというだけではなくて、ね、お取次ぎを頂いて、たくさん信心が頂けてくる。ね、いわゆる信心の本筋というか、信心の本当のところが分かってくる。だから信心の本当の(あいやい?)が分かってくる。だから辞められん。ところがその信心させてもろうておって、信心の愛じゃなくて、おかげの愛というようなことではね、おかげにならん。おかげの愛ではつまらん。信心の愛が分かってくるようになると辞められん。信心の味が分かってくるようになると、ね、(いもばらい?)がでけてくる。いや(いもばらい?)をさせてもらわなければおられない。そこから湧いてくるおかげ。そこから、金光様の御信心をさせて頂いて、ね、好きにおかげに触れていけれる、限りのないおかげに触れていけれる、限りない喜びと共にそれが身についてくるというか、(うえに?)備わってくるというか、ね、そうゆう信心を頂きたいと私は思うんです。
昨日、私は、久留米の教会ね、(くしはら?)教会、記念祭のここの記念祭のお礼にまだ出ておりませんでしたから、ここの親教会の親教会になりますからね、ほんで、御用に出させてもらいました。その日はあの、むつやの車で信二さんが送ってくれました。その車の中で信二さんが、こうゆうことを話す、私が(いて?)助手席の横で乗らせてもらった。ずいぶん車が多なりました。もう朝の多いときは久留米から田主丸までずーっとこうゆうのが続くそうですね。ほーそんな風ですか。(    ?)ずーっと車が並ぶほどに多い。これだけたくさんの車がですね、その多くない、いやば交通戦争と言われるように、もう事故がひんぱつしておる。(  ?)私、先生よーみんなが信心もなしにこの車に乗れると思うて、私はこの頃不思議に思います。言うわけです。ほーえらいこと言うようになったなと私は思う。信心もないものにこの車をね、まぁその運転しておる人たちがです、どうゆう気持ちで運転しよるだろうか、私共まぁ信心頂いておるものでもです、ね、まぁヒヤヒヤするようなことがあるし、同時にけれども神様のおかげを頂いておる、(自分で?)お取次ぎを頂いておるから、という安心を持っておるからまぬげるけれども、信心がないものがどうしてこれだけたくさんの車があるのに、みんながみんな信心を頂いておるわけじゃなかろうが、よう運転がでけていけるというてその言うわけですね。でももうここに(きよって?)くると信心が( ?)、ね、信心の本当の有り難さが分かっていき、同時に(信二さん?)の信心が本当の本筋に触れていく、いきつつあるということなんです。ね、ただ大祓い受けてるけん安心とか、ね、御神米ば持ってきとるけん安心て、そうゆう安易なものじゃない。もう(いちいち?)乗るたんびに、やはり神様を(お参り?)させてもろうて、そこにまぁ私なりの安心のおかげを頂いておるから乗れれるのだけども、信心のないものたちは、どうゆう気持ちで運転して、どうゆう気持ちで乗っておるのだろうか、とこう言うのである。で私申しました。それはね、あの盲滅法ということがあるよ。何にも分からない。いうならばもうそれこそ、がけ口を歩いておるように、(まっか?)にとったら、ヒヤヒヤするようなことであっても、本人は(いっこう?)盲滅法であるから、それを危険とも危ないとも思わない。だからね、そうゆう生き方も案外ね、(あたになる?)。盲滅法の生き方も。ね、信心もして頂くものは、そこんところが分かるから危ない。危ないと思うから(おすがり?)しなきゃおられない。(めくら?)でないのだ。ね、これは盲滅法ということは、ある意味で非常に強い言葉。ね、(盲、蛇に怖じず?)という言葉がございますように、本当に怖くないような状態。ね、ですから案外楽になって行けれる。ね、例えば(       ?)やはり安心してみんなが(ビクビク?)はしませんよね。安心して通っておる。ところが畳一枚の広さの例えば手摺も付いてない橋をもし渡って、渡るとし場合に、こりゃー危ない。危険を感じる。ね、この畳一枚の広さにです、それこそ信心という手摺でもなからなければ、とてもたどって行けることじゃない。ね、信心させて頂く者は、ちょうどその信心、深い道(深い道?)長い長い橋をです、信心という手摺があるから、おかげで安心して通れれるのだ。ところが信心のない者は、ね、手摺もあろうがなかろうが、ね、ただその畳一枚ということすら知らない。ちょうどこの大広間を歩くようにしてから平気で歩いておる。平気で歩いておるから案外通っていく。危ないと思うてガタガタ震え出したらとても通っていけん。向こうに行って(   ?)。ね、ですからこれは私共々信心のない人たちがです、例えば色んな意味でー(きょうし?)づいておる。お金の(   ?)ときは、ね、この(  ?)ときはいい。何から何までまぁ幸せそうにしておるけれども、私たちがこうやって見ておると、はぁー本当に危ないなー、いつあれが引っくり返るか分からん。いつ落ちるやら分からん。行くてにどうゆう落とし穴があるや分からん。信心の光を求めていれば、とてもたどれないようなところを平気でたどっておる、(そうゆう?)がたくさんある。もうそうゆうところを信二さんは感じているわけですね。これだけたくさんの車があるが、これがそれが(そいった?)信心があるわけでもないのに、よー交通戦争と言われるようなこうゆう激しい交通から、ひんぱんと起っておる中でですね、平気で乗っていけれる。そこに信心の有り難さをね、感じておるわけでございます。ね、それは行きがけの話でした。また帰りまたこんなことを話すんですね。先生この頃おかげを頂きましてから、段々自分の心が少しずつ大きくなっていくことが非常に楽しくなってきたとこ。ね、あれだけのお店のいうなら若い社長さんです。ね、普通でいうならまだ家内も、おりませんし、まぁ(しゅうりしゅよう?)といったようなものでも、ね、もう危ないところですけども、おかげを頂いてお客さんの信用も段々熱くなる。仕入れ先の方でも(本当に受け止めて?)くれるようになり、ね、従業員の方たちもみんな一生懸命やって下さる。おかげでむつやはいよいよ繁盛していきよる。けれどもあれだけの従業員おります。その中には自分より先輩、商売の方でもいうても先輩、いやね、年は自分よりうんと上、といったような人たちがあって、中々自分の思いのようにならないような場合もたくさんある。そうゆうときには、もう商売辞めようかと思うような時代もあったとこう。ね、それこそいうならば、いうならばね、使用人のくせに主人に向かう、主人の言うことはおろかにする。言うこときかん。言うこときかせるために(ほねがおれる?)ひとつかみ、こげん(    ?)せならんごたるなと思うことも、(段々?)ありましたけれども、この頃おかげで信心が少しずつ分からせて頂いて、心に何かこのガクっとくるようなときにはですね、はー自分が心の細い、心の狭い証拠だと思うてね、金光様を念じさせて頂いておるとです、ね、それがひっかからんようになってきた。しかもそうゆうたんびにです、今まで味おうたことのない信心の喜びというのでしょうか、そうゆうものが心から湧いてくるようになった。はー信二さんおかげ頂きよるばいて私は申しました。そのことを思うたらもう商売が手につかんときもあった。ね、もうこうなったら首にしようかと思いよるこつもあったけれども、ね、(いうなら?)もう自分が商売辞めようごたときそりゃあったけれども、そうゆうときにですね、自分の心の細い、狭い証拠だと、思うて心の大きくなることを念じ、心の豊かになることを思わせてもろうて、おかげを頂く、それが言わんですむようになったわけではなくてね、そこから湧いてくる喜びが感じれれるようになったとこう。いうなら信心の本筋のところが分かっていきよる。信心の本当のところが分かっていきよる。はー有り難いね、本当にそのお母さんの御霊様、のお徳というかね、信心が残っておる証拠だと。と(     ?)けれども、それだけのね、いくら御霊様のお徳が残っておるといっても本人がその気にならなかったら駄目ですからね。私はね、ここの御理解28節、一番大事に頂かなければならないところ、途中で辞めれば病気災難の根は切れるとこうおっしゃる。ね、途中で辞められない。ね、辞めんですむ信心というのをです、ね、そうゆう信心に触れていかなければ、信心の本筋に触れていかなければ、いわゆる信心をさせて頂いて何十年信心しておるけれども、ただおかげを頂くけん辞められんというようなことであっては、(けして     ?)ならんて。ね、神様が分かってきた。こうゆう神様どうゆういやば性質の神様であるかということが段々分かってきた。氏子が(?)を限りなく美しゅうなる、限りなく豊かに、大きくならせて頂くことを願いとておられる神様。その神様の心に添い奉ろうとする願い、信心。ね、神様の願いに添わせて頂こうと願うこと。ね、昔から言いたいこと明日言えとか、なるほど言いたいここまで言おうか、言いたいけれどもそれをグッとこらえてから、あくる日になると、それは言わんですむことであったというのである。ああ言わんで良かったというだけでしょうが、これは。ね、けれどもそれが神様の願いである、私に対する。ね、これは自分の心、それはね、大きなおかげを頂かせて頂くために、大きな心にならなん。豊なおかげを頂くために豊な心にならなん。ね、そうゆう神様の願い、大きな豊なおかげを頂いてくれよというのが神の願い。そうゆおかげを頂くためには、いよいよ自分が大きくならないかん、豊にならないかんということが分かってきた。ね、ですから神様の願いに添わせて頂くようになったらね、ね、そうゆうたんびにですね、これをその楽しみがでけてきたと。そして私は申しました。そうばってん信二さんね、はー有り難いけれどもこれだけは、これだけは言わなでけん。これだけは(これられん?)。これだけは言うとかなといったようなことに、曲目することがあるが、そうときにはなおさらそれを大事に(しにゃ?)いけんよというてから話したことです。ね、最低なこは辛抱してこらえても、これだけはこらえてはおかれないというようなことがある。けれどもそこんところを、私はいよいよ今のあんたが続けていきよるその信心を本当なものにしていかなければいけない。いやばいうなら底抜けた豊かさというか、大きさを目指して信心を進めていく。なんと有り難いことである。ね、そこにそうゆう信心に精進する、その向うには信心のいよいよその(親身?)とでもいうかね、信心の本当の喜びを感じさせて頂くようになった、もう信心が辞められんのですよ。辞めて馬鹿らしか。ね、同時に信心は親に孝行するも同じことよといったような、例えば神様と私共との関係、いわゆる神様との(ぞくがん?)ね、そうゆう一つのつながりというものが、分かってくれ、くるようになれば、ほど(ぎょうじなる?)ほど、もちろん途中で辞められることもできないし、同時に私共がスッキリとしたおかげを受けるということが神の願いであるから、その神の願いを受け止めて、神の願いを受けて立たせてもろうて、そうゆうおかげを頂くことに精進する。(みおくり?)返るようなこともあるけれども、はーこれは自分がまだ心が細い証拠、自分が豊じゃない証拠であると分からせてもろうて、そこのところを金光様、金光様で心を豊に大きく(もらせて?)頂くところの稽古を一生懸命する。それが治まったときには、はー言わんですんだだけではなくてです、どっから湧いてくるか分からん喜びに触れていきよる。神の喜びです。神の願いをそして聞いていってくるれるから神様が喜んで下さることが心の中に通うてくるのである。ね、私は信心が途中でね、途中で辞めれん。はーもう金光様の信心は辞められん。というのがです、おかげを頂くけん辞めれんというておるのではね、それは、子にも孫にも伝わったところでですね、それはたいしたことではない。ね、おかげ頂くけんおかげ頂くけんその信心が辞められんちゅうのであって、ね、信心の本筋というか、信心の本当のところが分かっていき、それが身に付いていく。その喜びを感じれるようになるから辞められんのである。ね、そうゆう私は信心を身につけていきながらです、ね、一心にまめで繁盛するよう元気な心で信心せよ、とここに最後に(むすんで?)あるのは、そうゆうような信心をいうのだと私は思うのです。ね、まめに繁盛するように願うということもそうで神様の願いであると分かるから。願えるのである。我情我欲で願うのではない。ね、しかもそれを元気な心で、(すだって?)いく。元気な心というのがです、どうゆうような場合でもそれをそれをこれで頂きこなそうと、自分の心が細い証拠と感じる、そうゆう心が元気な心。元気な心がないときは駄目である。ね、生き生きとした元気な心がないときには、それが受けられない。ね、信心のある者とない者は、親のある子とない子ほどの違いと仰せられるが、ね、信心のあるものないもの、親のある子とない子の違いをね、本当に感じれるようになったらね、信心の辞められるはずがない。その信心をいよいよ極めていくほかにない。ただおかげを頂くところだけが親のある子というような頂き方の時代は駄目だ。親があるからこそ間違ったら叱りもする、たたきもする、ね、そこんところに、ね、親のある子とない子の違いを感じれるような信心。ね、ただなでさすりされることだけが、信心の有り難さじゃない。信心があるからこそ、おきづきも頂く。信心があるからこそ、叩かれもするということがです、ね、親の思いである神様の、いやば神愛であるということが分からせて頂く信心。ね、そうゆう信心が身に付いていくときに、いよいよ井戸は清水になるまでのおかげ、いやばスッキリとしたおかげね、コンコンと沸いてくる尽きぬ、清いお水のように、そうゆうおかげを尽きぬおかげになって、頂けてくるようなおかげを頂くということがです、ね、これは私共の願いであると同時に神様のまた願いでもあることをね、一つ分からせてもろうての信心。いうなら信心がいよいよ本筋になっていくというかね。信心の本当なところが分かっていく信心になれば、信心はいよいよ楽しゅう、有り難い。そして途中で誰が何と言うてね、障害があっても、信心は辞められんことになるのでございます。ね、途中で辞めてはいつまでたっても、いや信心をいつまででも例えば続けておっても、本筋に触れないでの信心はいつまでたってもスッキリとしたおかげになりません。今日の28節はそうゆうことを一つ分からせてもらわなければ頂けませんですね。どうぞ。